夢のお話

※たいした内容ではないです(いつもそうですが…)



久しぶりに、起きてからも覚えている夢を見た。


夢の登場人物は、中学生のときに好きだった男の子と中学生の私(笑)


あの頃はこんな私でもまだピュアで、とてもその男の子に話しかけることなんか出来なかったけど、夢の中ではお話してたなぁ(о´∀`о)


当時のままの姿の男の子と、ドギマギしながら話す自分。

クスッと笑えるような可愛らしい二人。


懐かしくて、胸の中がキューーーンとして、ほほえましくて、なんだか久しぶりにほっこりした(*´ω`*)



あぁ、いいなぁ( ´∀`)

うーん、いいなぁ( ´∀`)

若いって、いいなぁ( ´∀`)


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また始まった

某テレビ局の企画
『家族ってなんだ』

これ、定期的(年1かな?)に一週間ほど家族をテーマに、その局の色々な番組内でコーナー作って取り上げている期間があるんですね。

これを目にすると、なんだか少しモヤモヤするのです。

テーマは家族なのに、取り上げられているのは出産や子どものことばっか。

家族でくくっておいて子どものことばかりやるなんて。

まぁ、この企画に限らず『子ども』と『動物』系は分かりやすく感動路線に持っていけますし、テレビ的に扱いやすいのでしょう。

いっそ、この企画は『子ども万歳』みたいなテーマにしたらいいのに。



ときどき、特別養子縁組でお迎えした御家族とかもコーナー内で取り上げられているけど、本当にちょこっと触れる程度。

これも、そういう形があるってことに少しでも触れてもらえるようになったことに関しては喜んだ方がいいか。

本当に理解してもらえるには足りないような取り上げられかたでも、まず知ってもらう所からってことならいいのかな。

どうなんだろ。




だけど、声を大にして言いたい。

夫婦だけだって家族だい!

子ども産まれたら「家族が増えました」ってみんなやってるでしょ?

ってことは元々は「二人家族」なんだよ。

それなのに、子どもがいなきゃ家族として扱ってもらえないこと、意外とあるよ。

その辺の気持ちは過去記事にも書いたことありますが。


一番最近感じたのでは、旅行の「家族プラン」ね。

子どもありきの内容と割引。

いくら魅力的なプランでも、夫婦のみだと利用できないの。

名称を「子ども割プラン」とかにしたらいいのに。



こういう、日常のちょっとしたことで『こどもがいないこと』っていうのを日々突き付けられるんだなぁ。


まぁ、この某局の企画も
「あー、私が泥沼期から抜け出してるタイミングのときでよかった!」と思うことにしよう(笑)


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言葉が通じることの良し悪し

かれこれ10年ほど前、私がまだ20代半ばも少し過ぎた頃、それまで勤めていた会社を辞めてバックパックひとつ背負って東南アジアを旅をしたことがある。


英語もほとんど中学で習う単語程度しかわからない自分が、スマホなんかもない時代に「行ってしまえばなんとかなるさ」と旅立ったのは完全に若さから来る勢いだけだったと思う。


一応「指差し会話帳」のような、旅によくあるシチュエーションが現地の言葉でまとめられている本をいざというときの保険として持っては行ったのだけれど、そんな物をいちいち取り出して使うことなどはなく、大概は相手もこちらも身ぶり手振りと片言の英単語でコミュニケーションを取ろうとした。

指差し会話帳のような本は、本来の使い道(伝えたいことに困ったときに)として活躍することはほぼなかったが、電車移動中にバックパックに何かをしまおうとチャックをあけたらバサッとその本が出てきたので手に持っていたら、周りにいた現地の人々にはとても興味深いものだったようで、「なんだそれはw」「見せて見せて!」「変な例文が載ってるぞw」みたいな感じでウケていて、コミュニケーションのきっかけには役に立ったということはあった。


観光が盛んな地域ではそれなりに現地の人も英語(クセはだいぶ強めの)でやり取りができるのだけれど、少し田舎の方に行くと英単語も通じず現地の言葉しかわからない人も多く、完全なお手上げ状態になったときもあった。


一度、観光地から少し離れた場所からタクシーに乗ったのだけれど、英語が単語もわからない方だったようで、行き先の地名を伝えたら頷いて乗れ乗れとジェスチャーしてきたはいいが、いざ乗ったら現地の言葉で何やらブツブツ言って考えている。

地図を出してここまで行きたいと示しても、地図とにらめっこしている運転手。

わからないなら降りるからいいよという素振りをしても、現地の運転手さんも目の前の稼ぎを逃したくないのか「大丈夫、行けるから」的な感じで必死に地図を見ている。

不安になりつつも、まぁ急ぎでもないし任せてみるかと思って待っていると、数分後に車を走らせ始めた運転手さん。

一安心していたら、目的地ではない場所で「ここから先は行けないから降りてくれ」的なことを言われ、いやそれは困るがと思って目的地を連呼するも、無理だ(ジェスチャー)の一点張り。
意味もわからず降ろされ途方にくれた。

降りたあとに歩いていてわかったが、どうやらそのときは目的地周辺の地域の大きな祭り事があり、交通規制されていたために車が入っていけなかったようだ。


あのとき、初めての場所で、スマホもない時代、言葉も通じない国で、降ろされた地点の現在地もわからず、目印もない場所から、ざっくりとした地図1枚の情報と勘だけを頼りに、よく歩いてなんとかしたもんだと思う。

このときほど言葉が通じないことの不安を感じたことはなかった。
そういったエピソードの方が思い出には残るからいいのですが(笑)
(旅をしていて、通じないことからくる不安とは別に、色んな国からの旅人たちが英語でコミュニケーションを取っているのを見掛けるたびに、やっぱり英語を話せると旅が一層楽しくなるだろうなということは序盤から痛感していたが)


旅を終え、日本に帰国し、言葉が伝わるって怖いもんなしだな!(←大袈裟)と思ったのを覚えている。

それまでの自分はコミュニケーションが苦手で、電話も苦手だし、慣れない人とのトークも苦手、お店の店員さんとの会話も極力避け、役所関係の小難しい手続きをするのも苦手だし、とにかく人と話さなければいけないことに苦手意識を持っていた。

ところが、話したくても伝えられない伝わらないというのを経験したら、同じ言語を使う者同士ならば話せば伝わるんだからビビることなんてなかったのでは…という気持ちになった。



だけど、言葉が通じるのが当たり前の生活に体が戻ると、日本人特有なのかはわからないが、言葉の行間や裏を読んだりしなければいけなかったり、またはそれを周りから求められたりして、言葉そのままを鵜呑みにしてもダメで、伝えたいことが伝わっているのか逆にわからないときもあれば、あの人はこう言っていたけど本当にそうなのか?といった面倒な面も旅の前よりも気になりだしてしまったのだ。



言葉が通じないときは、自分の思いや考えをなんとか相手にそのまま素直に伝わるように努力し、聞く側もなんとか理解しようと気持ちを傾ける。


言葉が通じると、逆に本当に伝えたいことが言葉に隠れてしまって本心が見えなかったりする。


人間って面倒でややこしい。

だけど、それもいい。

物事には良い面も悪い面もあるということですね。




.:*:・'°☆おまけエピソード.:*:・'°☆

その旅の途中、ある民家の軒先にいた現地のおばさんに話しかけられた。
言葉はわからないが、雰囲気で世間話だとわかった。

もちろん細かな内容はわからないが、ニュアンスでなんとなくウンウンと頷きながら話を聞いていたら、自分の娘の結婚式のアルバムを出してきて見せてくれた。
とても美しい花嫁姿で、こちらも日本語ではあるがすごくきれいですねというようなことを話しながら全ページに目を通した。

おばさんは現地の言葉で話を続ける。
「全ページ見てくれてありがとう。でも貧しいから写真は数枚を使い回して、背景や飾りはコンピューターで合成してたくさん撮ったように見せているのよ。この辺りではそれが普通なの」

おそらく、そんなことを言った。

確かにたくさんあるように見えた写真だが、ほとんどが同じ写真を大きくしたり小さくしたり切り取りと合成してあるだけで、顔の向きやポーズはどれも一緒。
元の写真は2ポーズほどしか撮ってなさそうだった。

最後におばさんは、話を聞いてくれてありがとうと言ってバナナをくれた。


あのとき、言葉の通じない私とおばさんは、確かにお互いの言っていることが伝わっていた。


『心が通いあう』

そんな経験をさせてもらった。


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母の日だったのね

タイトルでお察しの通り、私は父の日も母の日も特に何もしない親不孝者です(^_^;)

一緒に暮らしていた頃は気が向けば何か(主に食べ物)を買って渡したりしたときもありましたが、親元を離れてからはめっきり…。

ちょうど父の日母の日に実家に寄る用事があれば何かそれっぽい物を買って行ったりはありますが、毎年わざわざ出向いたり贈ったりはしないクチでして。

自分が親になったときに有り難みがわかるよ理論も、もはや私には当てはまらないものとなりましたしねぇ。

感謝していないわけではないですよ(笑)

まぁ、でも家族それぞれのベストな距離感ってありますしね。




さてさて、SNS上でも母の日はこぞって母の日エピソードがあがりますねー。
(父の日はそうでもないのにね…ヒソヒソ)


まぁ、母の日エピソードも普通に流し見するのですが、どうしても苦手なワードがありまして、またそのワードが母の日はよく使われがちで…(-_-;)


『私をお母さんにしてくれてありがとう!』

『うちを選んで産まれてきてくれてありがとう!』


これですねー。どうも苦手で。


世間的にはとてもいい言葉なんでしょうし、世の母たちがそういう感情になることは決して悪いことなんかではなく、ただ私が母になれなかったということで苦手意識を勝手に抱いているだけなのですが。

そのワードを見かけるたびに、

「出た!選らばれし者たちのセリフ」

「どうせ選ばれなかった人間ですよ」

と、心の中でダーク突っ込みをしてしまうのです(笑)


そのセリフを言っている人たちにはそんな他意などなく、どこぞの子どもに恵まれない夫婦のことを貶めるつもりで発信しているつもりなどないこともわかってはいるので、そこまで引きずることもないのですが。


こんなことを言っている自分も、母親になっていたなら抱いていた感情なのかもしれないなぁと思ってみたり。



あれだけよく見かけるワードなんだから、みんな「うちを選んできてくれてありがとう!」って思うものなんだろうなぁ。


反抗期の子どもとその親の、
子:「産んでくれなんて頼んでねーよ!」
親:「こっちだってあんたみたいなのは望んでなかったよ!」

みたいなやり取りをしている親子にも、きっと最初は「うちに来てくれてありがとう」って思ってた時期があったくせに~と思ってみると、少し微笑ましいような気がしないでもないし。

それでまたその反抗期だった子が親になったときに「親に感謝」となるんだろうな。



まぁ、なんにせよ、何かに感謝の気持ちを抱くことはいいことですね!

なんて、雑にまとめてみたりします(笑)


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自分のタイミング

少し前からパートを始めました。


パートを見つける前の私は、新しい職場で新しい人間関係を築くことに二の足を踏み、重い腰を上げられず、それでいて何者でもない自分に落ち込んでは、何かしなければ!と焦る気持ちとの間でただただヤキモキしていました。

動き出せない理由のひとつに「お子さんは?」のダメージを、自分がどの程度受けるのか未知数だったから、というのもあったと思います。


そんなこんな色々な感情が重なり、グズグズしているうちに気持ちが泥沼にはまり、無気力で引きこもりに近いような状態になって人との関わりを避けるようになっていました。


そんなドン底の頃にちょうど季節も気持ちのよい時期になり、数年前から趣味で始めた軽登山に本腰を入れたのでした。

人里から離れて自然に囲まれることで不思議と心が癒され、登りきった達成感が少しずつ自分の自信になっているのも感じられました。

それでも最初は長年の運動不足がたたって、登りの息切れが本当に酷く、少し歩いては数分立ち止まりの繰り返しでした。


そんな牛の歩みのような登山をしていたあるとき、いつものように息切れで休憩していたら、

『あれ?今かも』
と思う瞬間があったのでした。

休憩もそこそこに歩き始めると、それまでのバテが嘘のようにどんどん足が動き始めました。

それまでは休憩時間をフルに使って休んでも、歩き始めたらまたすぐにしんどくなっていたのが、その時は自分でも不思議なほど調子良く進めたのでした。


あの時『今かも』と思った感覚。

あれは自分の中のリズムが整ったタイミングだったんだと思います。

いくらたくさん休憩しても、自分の中のリズムが整っていなければまたすぐにダメになってしまうし、整っていたのにタイミングを逃してしまうと、また波が引いてしまう。

自分に合った物事のタイミングがあるんだと、このときに肌で感じることができた瞬間でした。



そんな心のリハビリをするような日々を過ごしていたあるときに、数日前から感情の波が落ち着いてきているのが自分でもわかり『動き始めるなら今か?』というタイミングを感じたような気がしたのでした。

そんなときに運良く希望しているような条件の求人も見つけたので面接をしてみたところ、巡り合わせがよかったのか採用となり、ようやくパートを始めることができたのでした。



タイミングって、人それぞれ違うんですよね。

周りの人が歩き始めたからといって無理に合わせても、すぐにしんどくなってしまうんですね。


焦らない焦らない。


ちゃんと自分と向き合っていると、自分のリズムが整ったとき、なにかしらのシグナルが出ていることに気付けることを、今回の泥沼の中から見つけることができました。

収穫ありですね(*´-`)



そして、やはりパート先では「お子さんは?」の問い掛けもありました。

ありましたが、自分のリズムが整っていた時期だったことが功を奏し、今のところほぼノーダメージで済んでおります。

もしこれが、泥沼期に焦ってパートを始めていて同じことがあったら、結構なダメージを受けていただろうと思います。


だからタイミングって大事だったんだなぁということを再認識したのでした。


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Author:ヒッピー
東海地方在住
30代も後半に突入しております

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